各タイプの存在比率とシナジーが重要

とある友人とのコト - Chikirinの日記

他者のことを理解できる、理解できないってのはどうでもいいことだ。大事なのは必要とするか、しないかだ。違う言い方をすると、それぞれの異種タイプの人間の存在比率が適正であるかどうかである。

 

こういう「空気の読める人」と「空気の読めない人」の話題は、それぞれのタイプのメリット、デメリット、付き合い方を挙げて終わりになる記事が多いがそれはあまり意味がない。

 

大事なのは「空気の読める人」と「空気の読めない人」の間にあるシナジー(相乗効果)の重要性、必要性を認識することだ。そこで相手が意味不明な奴であるかは関係ない。相手が意味不明だろうと適切な存在比率でいる限り社会は効果的な発展をするのだ。

 

だいたい人間社会は「空気の読める人」と「空気の読めない人」が9:1から19:1程度の割合で存在し、効率的に社会が協業できるようになっている。

つまり空気の読める人間ばかりだと協業はスムーズだが、権力者や過去の成功例、しきたりに追随するばかりになったり、利害調整で中途半端なことしかできず、改革や新たな挑戦のできない社会になってしまう。

一方、空気の読めない人ばかりの社会は斬新なアイデアもでるが、それぞれが我を張って対立や混乱ばかりになり、協業できない社会になってしまう。

 

ようするに同じタイプの人間ばかりで理解しあえる社会は、逆に発展や協業に問題が出てくるので、理解できない人間タイプが適切な存在比率でいた方がお互いのためになるのである。

現代的徴兵制は必要

「反論や批判を待っています」 三浦瑠麗が日本に徴兵制を提案する理由 | 文春オンライン

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ヨーロッパで復活する徴兵制 - NHK BS1 キャッチ!世界のトップニュース 特集ダイジェスト

女性も徴兵のノルウェー軍、部屋も「男女混合」 写真26枚 国際ニュース:AFPBB News

ちなみにフランス、スウェーデンウクライナリトアニアでも徴兵制復活。ノルウェーでは2015年から女性の徴兵開始。しかし、これらの国での徴兵制復活は日本で考えるような徴兵とは意味合いが違うことにも気を付けたい。

 

分かりやすいのはウクライナリトアニアスウェーデンであり、これらはロシアの直接的な脅威を前提としたものだ。NATO加盟していない国、中立政策を取っている小国はどうしても自力での防衛力を増やさざるを得ない。

また勘違いされそうであるが、これらの国の若者は嫌々徴兵される者ばかりでもない。徴兵経験があることは規律を守れるということであり、採用に好意的な企業も多く、若者にとっても就職上のアドバンテージになりうるためだ。

 

対してフランスは兵役と言っても1ヶ月、それから追加で最短3カ月から最長1年であり、対テロの意味合いが強い。これは兵士を育てるのではなく、対テロの意識研修といったようなものだ。実際問題、ある程度大きな規模の国では、素人を1~2年訓練しても戦闘が専門職化した現代戦で役に立たないので税金の無駄遣いになってしまう。もちろん、若者が働けない期間が出るので経済損失も大きい。しかしこういった最低限の対テロレクチャーであれば損失もわずかだし、国民の防衛意識、コスト意識も育つので有用である。

もし日本での徴兵があるとしたら素人を兵士に育てる古典的徴兵ではなく、それはおそらくフランス型のものになるだろう。

 

しかし日本ほど軍人に敬意のない愚かな国は珍しい。その結果が徴兵への無理解にもなっている。これはアメリカという同盟国に防衛の大部分を委ねている結果であり、自分の安全は自分で守るしかないという意識の欠如に繋がっている。

他国、他人に守ってもらって自分たちは絶対安全だという方が危険であり、結局自分たちが自分を守る力を失い、自分たちがより高いコスト、人命を払わなければならなくなるだけだろう。

 

だから今こそ日本もフランス型徴兵をやって国民の防衛意識、コスト意識、軍人への敬意をきちんと育てるべき時なんじゃねぇかな。まずは日本も1ヶ月徴兵で防災でも自衛隊から学んで、自分の身は自分で守ることを考えるきっかけにでもすればいい。災害とテロや紛争って理不尽な暴力という点で似ているからね。自衛隊を知るのにもいいし、何も銃を振り回すことだけが徴兵じゃない。

そして災害は国や自衛隊が何とかしてくれると思う者ほど死にやすいのと同じように、国防を人任せにする者ほど緊急時に死にやすい。だから国防についても当事者意識を持つための何らかのシステムが必要なのは明白ではないかと思う。

 

【追記】

この手の問題では「まずお前がやれ」という非合理的な批判がよく起こるがそれはナンセンス。その職業経験なりがなければ黙っていろというのであれば、政治家や学者はほとんどの問題に対して何も言えなくなってしまうからだ。

じゃあなんだ、国会で国防議論をするときは元自衛隊経験者の議員以外発言できないのか? 学者たちも元自衛隊経験者でなければ国防議論できないのか?

医療改革を論じるのには、医師免許を持つものしか語る資格がないのか? 命の重さが分からないから論じるなというのか? そんなことでは全政治がストップしてしまう。

 

まあ、全国会議員が元軍人で政府も全員元軍人とかステキな独裁国家で面白そうだけどさ。国防議論について、元軍人の意見ばっかりだと軍の影響力が強くなりすぎるから軍事経験のない文民が多数派である方がいいのよね。

 

だから政治家や学者がわざわざ自衛隊に入隊することもない。政治家や学者は自衛官を交えて聞き取りや調査をして、徴兵のメリット、デメリットを冷静に判断すればいいだけなのだ。

個人は未だ存在しない

夫婦別姓その他名字関連の問題を見てて思うんだけど、「名字」って「自分..

個人という概念は近代が作ったもの。それ以前は存在しなかった。子供という概念が近代で生まれ、それ以前は存在しなかったのと同じね。フィリップ・アリエスの「子供の誕生」とか。

〈子供〉の誕生:みすず書房

 

当たり前だが、人間は産み落とされてすぐ一個体で生きていくことなんてできない。さらに近代以前は農業のように集団で行う仕事をしなければ生きていけないので、生きていくのに必要な集団単位という考え方は発生したが、個人という考え方は発生しなかった。孤立した個体なんてすぐに死ぬだけだし、所属の分からない怪しい奴は他の集団の脅威になるので殺されても文句が言えなかった。

 

まあ、本当に個人が名前を獲得するにはもっと科学が発展して、赤ん坊が家族を必要とせず生まれた瞬間から一人でずっと生きていける時代までは無理だろうね。根本的に、人間は何か投資をされて人生を始めるのであって、この投資が名前を決定するのは仕方ない。だから科学が発展したら、「〇×製法」が苗字になって、「△▲システム」が名前になるのかもな。

部族的なわたしたちの苦痛と信頼

「何でも“女性差別”は、他にある幸福の道を見えなくする」元セクシー女優、「#KuToo」など“女性差別”反対論に(AbemaTIMES) - Yahoo!ニュース

我々は後進国の部族が刺青や大きすぎるピアスをしているのを見て未開だと笑うが、実は我々も同じことをしている。わざわざ必要もないのに苦しいヒールを履いたり、苦しいネクタイをしている。実はこれらは同じものである。それは部族への忠誠を示し、部族の一員であると証明するためのものなのだ。

 

楽さや自然さだけでいいのなら裸や腰ミノひとつで出社すればいい。しかしそうはいかないのが文化の難しさである。

つまり我々は、得体のしれない相手と会うと不安や恐怖を抱き、場合によっては闘争の要因になってしまったりする。だから不要な摩擦を避けるために、「私はこういう部族の者ですよ」とアピールすることが必要になってくるのだ。

 

そして部族特有の装いは、他の者たちがわざわざやらないようなもの、特に苦痛を伴うものであるのが望ましい。苦痛には様々なメリットがあるからだ。

 

まず、苦痛は成りすましを避けるのに適している。次に部族全員が苦痛を受け入れているということは、統制の効いた集団である証明にもなる。そして苦痛をきちんと受け入れているということは、契約において適切な代償を払う者であるという証明になる。契約は得ることばかりではなく支払いという苦痛も伴うものであるが、この苦痛を履行したことがありますよという証明になるのだ。それはいわば目に見える取引履歴のようなものなのである。

 

これはつまり、現代でスーツにネクタイがある程度の信頼を勝ち得ているのと同じだ。楽なアロハシャツで取引先に来る男と、暑苦しく息が詰まる苦痛に耐えてスーツにネクタイで来る男を比べれば、当然スーツにネクタイの方が信頼度が増す。それは苦痛によって自らの部族を証明していることへの信頼なのだ。

 

もちろん、ヒールもパンプスも恣意的なものであり変更可能だ。しかし我々が見ず知らずの相手から信頼を得るには、今後も何らかの「部族への忠誠を示すための苦痛」が必要になってくるのは仕方のないことだと言えよう。

犬と人類とクドリャフカ

irorio.jp

この記事を見ていたら、高くまで行った犬としてライカ犬クドリャフカを思い出した。

https://spaicy.jp/wp-content/uploads/2017/07/NewImage-139.png

それは壮絶な最後だった。初めて宇宙に行った犬ライカに関する10の悲劇 | スパイシービュー

スプートニク2号 - Wikipedia

遠く、2万年前、人類と共生を始めた犬たちは想像しただろうか。遥かヒマラヤの頂や衛星軌道上から眺めるその景色を。

www.bbc.com

もうひとつの英雄の形

英雄と言うと偉大な君主や戦争で活躍した者が挙げられるが、それとは別の英雄像もまた存在する。それは多くの子孫を残した者で、そういうものたちこそが時として種の最大の危機を乗り越えるのに役立つのである。

 

100歳を過ぎてから300頭以上の子孫を残し種を絶滅から救ったガラパゴス諸島の絶倫ガメ「ディエゴ」 - GIGAZINE

このエスパニョーラゾウガメの「ディエゴ」は、わずか1頭で300頭~800頭の子孫を残すことに成功し、残り数十頭まで減りオスがほとんど生存していなかった自らの種族を救った絶倫ガメとして知られる。

 

うん、オスとしては最高の英雄だね。種の多様性が低下しちゃうじゃんという野暮なツッコミは無しで。ピンタゾウガメの「ロンサム・ジョージ」が近い亜種のメスをあてがわれながらも子孫を残さずに生涯を終えてしまったことと比べると、その偉大さには頭が下がる。

 

ちなみに人間で最大の子孫を得たのはムーレイ・イスマイールで証明されているだけで888人の子供がいたとか(一説によると1171人)。モロッコの最盛期を築いた専制君主であるが、そうした業績よりも子沢山パパとして後世に名が残るのが何とも皮肉。

ちなみに一日に平均0.83回から1.43回の性交渉を行い、それを32年間にわたって続けた場合、これぐらいの子供を得ることができるそうだ。また彼は500人のハーレムを持っていたが、そこまで人数は必要ではなく、65人から110人のハーレムで十分子供が得られる計算らしい。

ムーレイ・イスマーイール - Wikipedia

ソブーザ2世には210人の王子・王女がいたようだが、成人したのは97人だったとか。政治家として非常に優秀で、部族間を取りまとめるために多くの部族から妃を娶ったようだ。

ソブーザ2世 - Wikipedia

アウグスト2世は360人以上の子供がいたらしい。脳筋で政治的評価は低いが、芸術や建築のパトロンとしては有能だったようだ。また子孫も活躍したらしい。

アウグスト2世 (ポーランド王) - Wikipedia

徳川家斉。55人の子供を残した11代将軍。寛政の改革を行うが経済、文化の停滞を招いた無能。なんかアジア人は某世界覇者以外あんまり子供を残してないね。

徳川家斉 - Wikipedia

別格。チンギス・ハーン。人妻とその娘大好きおじさんの男系の子孫は1600万人にのぼるとされる。

チンギス・カン - Wikipedia

暇潰しは暇潰しと認識できなければヤバい

とある高校社会の先生が日本史Aで最後の授業に使いたいテーマ「第二次世界大戦を起こさないためにタイムスリップできるとしたら、いつ、どこに行き、どんな行動をしますか?」 - Togetter

こういうのは暇潰しの思考実験にはいいんだけど、IFを持ち出せば何でもアリなのであまり意味はないのよね。それに戦争の悲惨さ云々とか、ひとつの考えでしかないのでそれを真理や絶対的なものとして教育することは教師の自己満足にしかならない。実際のところ、日本以外のほとんどの国が交戦権を保持しているということは、ほとんどの世界中の国が戦争の悲惨さよりも戦争の価値を認めているということだ。

 

そして教師も常識に縛られすぎているのでつまらない小細工パターンしか考えだせない。「タイムスリップして二次世界大戦を起こさない方法」など、IFありなら簡単である。20万年前のアフリカまで行って誕生したばかりのホモ・サピエンスを皆殺しにすればいい。あらゆる歴史上の行為は皆殺しで無かったことにできるからあまり意味がないのよな。

 

つーか、何がしたいのかマジで意味不明だな、この教師。ホモ・サピエンスが闘争をするのは脳の構造上仕方のないことだぞ。古臭い理性万能主義を未だに教育したいということなのだろうか?

 

まーこの先生は戦争を敵視し無くせるものだと考えているようだが、その辺が頭の悪さなんだよな。戦争とは直接銃で人を撃ち殺すことだけを言うのではない。たとえば経済だって立派な戦争だ。先進国は後進国の食料や資源を買い漁っていて、そのせいで後進国は貧しくて餓死者だって出ている。この餓死者なんて経済という戦争で殺されたも同じだ。現代は目立たなくなっているだけで毎日365日24時間、何らかのモノ、情報の交換で殺し合いをやっているのだ。