他者の心は存在するか?

正解を言うと、「他者に心があるかどうかは分からない」

まだあるともないとも言えない。

 

心のように見えるものは、相手が提示した言葉や表情、動作などの記号にすぎない。

自分がやっているのはそれら記号の解釈だけで、他者の心を直接見たわけではない。

 

もちろん、世界中の誰もが他者の心なんて直接見たことはない(おそらくね)。

 

他者の脳波などを観測することはできるが、その脳波で何を思ったのか知っているのは本人だけである。研究者はその脳波のとき、その人が何を思ったのか質問することはできるが、本心なのか、嘘をつかれているか、本人もよくわかっていない表現なのか判別できない。

 

(前提として、気持ちはすでに言葉に浸食されていると考える。夕陽を見て美しいと感じるのではなく、「美しい」という言葉があるからなんでもない夕日が美しく感じられるのだ)。

 

少なくとも、脳波を見たからといって自分の心を見るように他者の心は見えない。そこにあるのは自らの心の中にある他者への推測と解釈だけである。

 

しかしそれでもコミュニケーションが成立するというのが実に面白い。

結局、私たちがやっているのは壮大なお互いの勘違いにすぎないのかもしれないが、それでも恋愛も喧嘩もできるし、世界はうまく回る。

 

まあ、ただ単にミラーニューロンは優秀だな、という話で終わっちゃうかもしれないけど、ロボットたちにミラーニューロンを組み込んだらどうなるだろうとか妄想は尽きない。