貨幣という幻想、あるいは詐欺

以下、どこかで聞きかじった話。

 

貨幣の価値とは時間への信用である。

 

それはつまり、明日も同じ価値で貨幣を交換できるだろうという、時間による価値の変化があまりないだろうという楽観論に他ならない。

 

極論でもし明日世界が終わるのなら誰も貨幣の交換などしない。現物交換か、物を直接奪うだけだ。

人が貨幣を受け取るのは、明日も同じ価値で別の人が貨幣を受け取ってくれると信じているからだ。

 

それは明日紙切れになるかもしれない貨幣をたらい回しにしてリスクを押しつけ先延ばしにするゲームであり、貨幣の価値とは幻想、もしくは詐欺である。

 

1万円札を他人に渡し、明日も同じ1万円だよと言うのは明らかな詐欺と言える。なぜなら為替相場は常に変動し、明日には1万円=99ドルかもしれないし、1万円=101ドルかもしれないからだ。

 

その幻想が崩れると恐慌が起こり、貨幣は単なる紙くずという正体を現す。

 

もちろん、我々は経済効率や精神安定上の問題などからこうした幻想を受け入れざるを得ない。ただ、少なくともそれが幻想だと知っておけば現状の経済(価値)制度、未来の経済(価値)制度を考える助けにはなる。

 

次の経済(価値)制度はどうなるだろうなぁ。人間が電子上の仮想生命となったときにでも変化するだろうか。