なぜ人間に感情があるのかというと

なぜ人間に感情があるのかというと、正確な計算だけでは生存に不十分であるからだ。生存を目的とするなら、一見合理的な計算は時間がかかりすぎ、結果的に非合理に終わる場合が多い。

 

たとえば、ライオンを目の前にしたとき、ライオンの状態、ライオンとの距離、地面の状態、風向き、周囲の木立、太陽の向きなど、環境のデータがあればあるだけ逃走すべきか、もしくは闘争するか、どの逃走ルートにどういう一歩を踏み出すか、など最善の答えが導き出せる可能性が高まるように見える。

 

しかし実際問題は、そんなに悠長に計算していたらライオンに食われてしまう。だから計算は適当に切り上げて、ベストではないかもしれないが何か生き延びるための対応をする必要がある。

 

もっといえば、ライオンを見た瞬間、恐怖という感情を覚え(これにより計算をショートカットして)一目散に逃走するのが現実的には生存性が高い。人間はシミュレーションする生き物だが、大事なのは「結果的に生き延びること」であり、計算に無限に近い時間をかけ正着打を打つことではないのだ。

 

ようするに単純な計算だけでは「どこまで計算するのが行動にとって合理的か」現実世界では答えが出せない(だから結果的に生き延びた計算が答えだったという他ない)。これは70年ごろまでのAIにつきもののフレーム問題とも言える。詳しくはそちらを参照。

 

このどこまで計算すべきか、という難題に答えるためのシステムが「感情」という計算ショートカットシステムである。人類は今まで偶然そうしたら生き延びられた、という反応を5大パターン(喜怒哀驚恐)程度にパッケージングして、環境に即応できる計算機械に進化したのだ。

 

まあ、ここまで書いておいてなんだけど、ぶっちゃけそんなのどうでもよくて、可愛いロボ娘さんが欲しいだけだった。