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未来の劣等感

みんな、劣等感、優越感の話題が好きだね。

なんちゃらマウンティングとか、勝ち組負け組みたいなの。

 

それについちゃーアホらしいのでコメントしない。

 

今回ここで書くのは未来の劣等感を描いたグレッグ・ベアの「姉妹たち」についてだ。

 

遺伝子操作で優れた子供を産むのが当たり前になった未来。遺伝子デザインされた子供たちは”被造子”と呼ばれた。しかし、ヒロインの少女は遺伝子操作をあえてせずに産まれた”ナチュラル”だった。

 

ヒロインは優秀で美しい同級生たちに強い羨望と嫉妬を抱き、遺伝子操作をあえて行わなかった両親を恨む。他者への劣等感、世界との違和感にヒロインは苦しむが、そのうち思いがけない事件が起こる。

 

被造子たちが次々に遺伝子操作が原因と思われる突然死を起こしていったのだ。その中でヒロインは、完璧に見える被造子たちも様々な問題を抱えていることに気づきだす。

 

親の好みなど似たり寄ったりなので被造子も似たり寄ったりのデザインで、被造子たちは他人と違って見えるように必死なこと。親が理想の美しさをデザインするため、親子でぜんぜん似ていないこと。

 

ヒロインは自分そっくりな曾祖母の写真を見たことをきっかけに、これまで他人を羨むばかりで自分をきちんと見ていなかったことに気づき、裸で鏡の前に立つ。そして、自分の体が十分に健康で、被造子ほどすごくはないけどそう悪くもないことに気づく。

 

ヒロインはナチュラルだから、遺伝子操作による突然死に怯える必要はないが、もちろんそれで優越感が生まれるわけでもない。相変わらず被造子たちが優秀で美しいのは事実だからだ。

 

突然死を起こす被造子たちを見て、ヒロインの父親は「連中は欠陥品だ」と言うが、ヒロインはこれに反発を覚える。優れているとか劣っているとか関係なく、死んでいるのはヒロインの大事な友達たちだからだ。

 

ラスト、ヒロインが何を思うのかは実際に物語を読んでみてくださいな。

 

おそらくこの物語のように、技術が進んで美貌も体力も頭脳も思うがままに手に入れられるようになっても、そこでまた新たな劣等感、優越感のシーソーゲームが起こるだけだろう。

 

だって人と同じじゃ意味がないから、人は常に価値観の差異を作り出し続けるからだ。

俺はいつも劣等感に苦しむ人を見て不思議なんだが、なぜ彼らは人の価値観の言いなりになっているんだろうか。なぜ新しい価値観を生み出さないんだろうか。価値観を生み出すのは面白いのになあ。

 

グレッグ・ベアの「姉妹たち」収録の短編20世紀SF(5)

20世紀SF(5)1980年代 冬のマーケット - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ