読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

補足をちょっと修正

発達障害についての前記事についての補足。

こういう親を嫌いなのは、子供のプライドや劣等感についてあまりに無神経で、善意ならいい、子供のためだからいい、と単純に考えすぎているからである。

 

たとえば、あなたが勉強のできない子だったとする。親があなたの部屋の壁一面に塾の勉強マニュアルを貼って「この手順ややり方通りにやれば勉強できるよ、目の前にあるから忘れたり見落としたりもしないよ」と言ったとしてあなたは嬉しいだろうか。

おそらく逆に、勉強ができないというネガティブな面ばかり突きつけられてよけい劣等感で苦しくなるのではないだろうか。親の「助けてあげる」は、時として非常に傲慢である。

 

ネガティブ面ばかり改善したがる親というのは、反対に長所とかポジティブ面をあまり見ない。子供に必要なのは、まず長所などによって得られる十分な成功体験であり、自信である。不得意とかネガティブな部分は後でどうとでもなるし、十分な成功体験があればネガティブな部分は放置したっていいこともある。

 

子供だってバカじゃないので、自分ができないこと、不得意なことぐらい知っている。子供は子供なりに、稚拙で非合理なやり方かもしれないが、そうした自分の不得意なことになんとか対応しようとしている。そうしたとき支えになるのは、親の「助けてあげる」とか「正しい対応策」ではなく、自分の中の自信であり「自分は現実と折り合いをつけていける」という感覚である。

 

注意しなければいけないのは、この「自分は現実と折り合いをつけていける」ということは、ミスなくやれるとか、物忘れせず人並みにできるとか、周囲に適応できるといったことを必ずしも意味しない。相変わらずミスが多くても、人より出来が悪い部分があっても、自分の長所に合わせて目標達成できればそれでいいのだ。ここで他人とか普通を基準にしてはいけない。

 

例えば昔のシリコンバレーでは、常識的にみて頭のオカシイ人々が集まっていた。彼らにとって重要なものは革新的なアイデアであり、アイデアと結果さえ出せれば、途中のどうでもいい部分のミスや物忘れ、奇行などはあまり気にされなかった(その代わり、結果を出せないとすぐ首を切られたが)。そうした場所で多くの短所を持つ人々が活躍していった。今では彼らのその短所が、逆に魅力やカリスマ性になっているぐらいである。

 

それは、自分の特性を把握し、自分のマイナス面をある程度認めたり割り切ったりしつつ、それよりも長所を伸ばし、それによって自分を発展させることができるようになるということである。そういう方向に動くとき、実はあまり他人の助けなどいらない。

 

まあ、発達障害丸出しだったジョブズだったら「自分の悪いところ? 周囲への適応? ふざけるな、俺は世界最高のモノを作っているんだ。俺に合わせろ」と言いそうだ。

そういうふてぶてしさ全開で、自分のダメなところ(経営者とは思えない奇行バリバリ)とか周囲のことなんか何も考えなかったジョブズを見ていると、これぐらい無茶苦茶な方が人生うまくいくんじゃないだろうか。

それにしてもジョブズは名言が多いな。発達障害の人ほどこの言葉は聞いた方がいい。

[スティーブ・ジョブズ 名言編] by 名言 迷言 暴言 格言 奇行 天才 語録 発言 奇人 変人