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コメディアンの真価が試されるのは

コメディアンの真価が試されるのは、悲しい時、別れの時である。

 

近年、日本で多くの災害が発生していて、その復興を願うのは当然のことであるが、ひたすら悲しみを強調するようなメディアに追従するコメディアンや芸人はいったい何なのだろうか?

 

もちろん、悲しみは悲しみとして厳然として存在し、消すことはできない。しかし悲しみだけでは生きてはいけない。コメディアンや芸人の仕事というものは、そうした時にこそ必要とされるものではないのか。人々が厳しい状況に置かれ、悲しみでどうしようもなくなった時にこそ、コメディアンの笑いは必要とされるのだ。悲しみのときに神妙な顔をする者はコメディアンとは言えない。

 

そういう意味じゃいい坊さんはいいコメディアンでもある。

「(遺影を指して)故人はこんなに笑顔なんだから、みなさんが泣いていちゃ故人も笑いにくい。葬式で一人だけ笑っていたんじゃ居心地悪いんで、みなさんも笑ってください」といったユーモアをさらりと言ってのける。

 

坊さんにしろ、コメディアンにしろ、本物は笑いとユーモアの強さを知っている。悲しみに笑いとユーモアが絶対負けるはずがないということを知っている。そういう笑いを見て、なんとか我々も生きていくことができる。