広告の未来と質の変化

netaatoz.jp

接続された女」では広告が禁止された未来(モロバレステルスマーケティングしかできない世界)を描いていたが、実際には誰もが発信者になることで広告が必要なくなる世界になりつつあるようだ。しかしこれは広告の絶滅を意味するのではなく、広告の質の変化であるというだけではないだろうか。

 

今の時代、ただ「安い!」「こんなに高性能!」と宣伝しても意味がない。安さや高性能を求める消費者は自分から検索する時代であるし、実際に売れるモノは別に安さや高性能にこだわらない側面があるからだ。

 

代表例はアイフォンやスタバだ。アイフォンに似たような性能の機種はいくらでもあるしアイフォンは使いにくさもある。さらにアイフォンは無駄に高い。しかしアイフォンは飛び抜けて売れている。スタバも特別美味くないし高いが売れている。

 

これはなぜかというと、

アイフォンもスタバも世界観、ストーリーを売っているからだ。ようするに製品そのものではなく、製品が生み出す憧れの生活、ライフスタイルを売っているから売れるのである。

スタバでアップル製品をいじりながら勉強するマネをみんなバカにするが、それはそれだけそういうスタイルが強烈であり、憧れる人がいる証拠でもある。

 

アップルのCMを見てみるがいい。

アップルのCMは一貫してストーリー作りに専念している。もうスタイリッシュでオシャレなITアイテムという神話は構築したので、次のストーリーは情報機器によって繋がれる人々や家族というハートフルなストーリーだ。

そこでは商品をほとんど映さないし、安さや高性能をまったく訴えない。

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Apple CM「Misunderstood」 - YouTube

 

欧米では中高年を中心に、スマホは若者たちのコミュニケーションを破壊する、まともに挨拶もできない若者ばかりになったという批判がある。だからこそ、アップルは過剰なまでに情報機器による人々の連帯を「ハートフルに」描く。

だが、そこがアップルのえげつないところである。結局、人々や家族の問題を解決するのは人々や家族であって、情報機器ではない。そこをごまかし、アップル製品で人々が繋がりあえるような幻想を生み出している。

 

そしてこういう広告は安上がりでもある。なぜなら、一度ストーリーを作ってしまえば、あとは一般の個人たちが勝手にストーリーを真似して広告してくれるからだ。ちょうどスタバでアップル製品をいじる一人ひとりがアップルの広告塔になっているように。

 

ステルスマーケティングというと、宣伝だと隠して商品をアピールすることだと思われているが、それはあくまで低レベルな方法だと思う。上手なステルスマーケティングは、無名の一人ひとりに憧れのストーリーを植え付けることで、一人ひとりを隠れた広告塔に変えてしまうことだと思う。