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蟲愛ずる姫君

「蟲愛ずる姫君」が魅力的なのは、とにかく「本質」に全力投球する女性だからだと思う。

 

世間の人々は蝶の美しさばかり見るが、彼女が見るのは芋虫から蝶に変化するという、見た目の向こうに隠された生命の摩訶不思議なシステムの方にある。この生命の本質こそ彼女の愛するものである。だから姫は生命の神秘の塊である芋虫をこよなく愛する。周りの人が芋虫を気持ち悪がろうと何も気にしない。


他の姫君たちは眉毛を抜いたりお歯黒でおしゃれをしているが、蟲愛ずる姫君はそんな見た目を飾ることなんて興味なし。

他の姫君がずっと部屋に籠り白い肌を自慢していたのに、蟲愛ずる姫君は真夏の野山に飛び出していく。姫はスッピン全開のまま虫を追って野山を駆け回り、小麦色の健康的な肌で白い歯を見せながら楽しそうに笑っている(この当時、姫がお歯黒をしないなんてありえない非常識)。

そして、そうかと思えば理屈くさい。理詰め学問で神もあの世もない仏教にはまってる(当時の仏教はほとんど無神論で認識論)。

 

そういう風に全力で本質に向かっていく生命力の塊のような健康な女性。こんな魅力的な女性だから千年を経ても多くの人が共感するのだろう。ぶっちゃけ今なら理系男どもにモテモテだろうな。当時としてはありえないブッ飛び女性を描いたネタ小説だったようだけど、現代では魅力が増しているというのが実に面白い。


それにしても平安のエンターテイメントは面白い。「二巻にあるべし」なんて実に洒落たテクニックだ。これはおそらく当時の回し読み文化とか、別の人が続きを書くリレー小説や、本歌取(今でいう二次創作)を意識したものだろう。

想像力のままに、作者やオリジナルや完結すら気にせず物語の可能性を最大限に広げた平安文学。そこには愛ずる姫君と同様、面白さの本質に全力投球する女性たちの姿がかいま見える。

愛ずる姫君収録は下記の堤中納言物語

堤中納言物語 - Wikipedia

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