誰も1000年後のことを考えないことについて。

みんな目先のセコセコしたことや、しょーもない劣等感や、わずらわしい人間関係についてばかり書く。特にSNSはそういったことがほとんどすべてだ。誰も1000年後の未来のような想像力が必要なことは書かない。人類はまだまだその日暮らしだ。

 

さて、1000年後の未来はどうなっているだろうか。たとえばこんな未来。

・仮想空間のなかで脳データを基にデータ生命として生きている。

・人間という存在にこだわりがなくなっている。さまざまなアルゴリズムのモジュールの組み合わせが個人となる。脳データもあくまで一つのモジュール扱い。人間は人工知能とも混ざり合っているだろう。

・自分の多様なコピーが当たり前にある。様々なモジュールの組み合わせバージョンごとに自分がある。

・個人という概念もあいまいになる。個人は創発の要素のひとつのようなもので、より上位のシステムが現れる(1個1個は単純な神経細胞が意識を創発しているように)。個人はセルオートマトンの1セル的になるのだろうか。

創発 - Wikipedia

 

うーん、こうして書くと我ながら凡庸だなあ。夢とロマンも簡単じゃない。

1000年前の人は人造美女を賭けて鬼と双六勝負を想像していた。1000年後にはいったい何が残っているだろうか。

長谷雄草紙 - Wikipedia