プラトンの愛はどう考えても変態

恋愛は明治期に輸入された - Togetterまとめ

 

西洋の言う恋愛は、基本的にプラトンの考えた精神のみの愛を至高とするもの(だからプラトニックラブという)であった。明治期まで日本にはそんな考え方は存在しなかった。あったのは「惚れた腫れた」という心と体が一体になった欲求であり、精神的愛と肉体的欲望が一体となって相手を求めるものであった。精神のみの愛など日本人は考えたこともなかった。

 

また、もちろんキリスト教的なアガペー(与える愛)とも違う。自己犠牲的ではない。ギリシャ的なエロスに近い。また明治以前の日本の場合はセックスと恋愛が切り離されている側面もある。誰も処女性など気にしない。心の浮気はダメだが身体の浮気は単なる娯楽であり、飯を食うような自然な欲求なのでオッケーだとみんな思っていた。このように日本の恋愛は非常に独特で複雑怪奇であった。それを西洋に倣って恋愛と呼ぶのはどうにも無理がある。