家族はあとから作られた概念

考えてみるとなんで近親相姦ってアウトなの?

レヴィ・ストロースの「親族の基本構造」でも読んでみよう。女の交換が家族を生み出し欲望の範囲を規定してきたことが分かる。

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ちなみに儒教国家から見れば現代日本は近親相姦OKな国家である。なぜなら、儒教国家では近親姦に当たるいとこ婚がOKなのだから。

古今東西の社会を見ていくと、現代で言うところの近親相姦がOKだった社会がいくつかあることが見てとれる。しかしそれはあくまで現代とは家族の定義が違っていただけである。そして、なにが家族を定義するのかというと、それは女の交換がもたらすメリット、デメリットによる。

 

つまり事態は逆で、近親相姦を禁止することによって、交換する主体としての家族がつくり出されるのだ。家族という概念の方があとから作られたのだ。

 

だから近親での女の交換がメリットとして働く環境では、近親相姦や家族という定義も成り立たない。古代エジプトインカ帝国ハワイ王国の王室などでは近親婚が普通にあったが、これは王が神であったからだ。神が普通の人間と結婚しては神の神聖性、つまり権威が保てない。さらに財産が神から人間に流出してしまう。だから近親姦の方がメリットがあるので認められたのだ。

 

また、奈良飛鳥時代までの日本も異母兄妹婚が普通に認められていた。養育権は女の家にあったので、異母兄妹はそれぞれ別の家に属する者として、同じ家族ではないものとして見られ結婚も可能だったのである。実際、皇族で異母兄妹婚は普通に見られた。これもやはり権威の保持や、財産流出の防止などのメリットがあったからだろうと思われる。ちなみにこの女性の家の強い権限、独立性が、のちの摂関政治に結びついていくことになる。