日本の子供はバカにされて当然

日本の子供はバカにされている。若者の投票率が低い理由をスウェーデンと比較してわかったこと。

日本の子供たちはバカにされて当然なんだよね。1972年のあさま山荘を筆頭に、トップレベルの大学のエリート若年層たちが喜んで極左テロに走っていったのだから。90年代のオウムのテロもトップレベルの大学のエリート若年層たちによって支えられていた。こういうエリート若年層たちはバカにされる「実績」があったのね。それ以外の普通の若者は今と同じで政治なんかに興味なく、遊び授業仕事バイトに忙しかった。

 

教育の力不足はもちろんあるが、極端に走りやすいこういう知的エリートを、ごく普通の「一般的に言えば頭の良くない」中年~老年サラリーマンたちが危険視したのは至極当然のことと言えよう。

このごく普通のサラリーマンたちが感じたのは、「人生、痛い目に遭って、恥ずかしい、情けない思いをいっぱいして、30後半になってやっとマトモな判断力が身に付きだす。20前後では暴走して当たり前」というごく普通の感想である。そして、その感想はだいたい間違っていない。

 

だから、こういう子供をバカにする姿勢というものは、あながち間違ってもいないと思うのである。

素晴らしい教育を受けた知的エリートの方々からすると愚かな知的後退なのかもしれないが、日本にスウェーデンの素晴らしい先進教育」を授け政治教育をしたとしても、また新たなテロ犯を生み出すだけに終わってしまうのではないかと、愚かな小生は思うのである。

結局のところ、人生経験に見合っていない知識だけを詰め込んでもテロ犯量産のシステムにしかならない。重要なのは「人生経験と知識のバランス」であると思うのだ。

 

さらに言えば面白いのは、日本でのテロは知的エリートでボンボンが起こすものであり、海外のように貧乏人が生活の不満から極端な思想に走るタイプとは違うことである。

日本では、素晴らしい教育を受け生活にも余裕のある層の方が極端な思想、テロに走りやすいのだ。だから、良い教育で政治に理解が深まるといった単純なものでもないのである。

 

カネを稼いで家族を養う生活をしたことのない者にはその重要性は分からない。金持ちには貧乏人の生活が分からない。貧乏人には金持ちの生活が分からない。こうしたことは特に若年層に顕著だ。しかし、ある程度歳をとってくれば、それぞれの立場に想像が及ぶ。ぶっちゃけ、選挙権なんて40過ぎでもいいぐらいじゃないかと思う。儒教は嫌いだけど、四十にして惑わずだろ。