どんな制度でも負け犬は相当数出てくる

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どんな社会体制でも制度でも負け犬は相当数出てくる。生物として当たり前のことだな。80年代までの日本が総中流と見合い制度で経済、結婚において贅沢すぎただけで、負け犬がいるのがごく普通のことなのに忘れてしまっていただけ。

より格差の厳しいアメリカなんかじゃだいぶ前から「ホワイトトラッシュ」(貧乏なゴミ白人)という形で自嘲的に意識されてきた。歴史的にも各種文学で負け犬は大きなテーマだった。

完全な平等がいい人はポルポト時代のカンボジアに行けばいいんじゃないですかね。