エロマンガの方が先進的な時代

pokonan.hatenablog.com

これ見て思ったんだが、エロマンガ、エロ小説の方が先進的な時代なのかもしれんね。こういう性逆転、貞操逆転、さらには美醜逆転とか、もうさんざんエロマンガ、エロ小説であるネタだし。

まあ、エロマンガだとガッついてくる女はご褒美なわけですが。ビッチ女にとってこの世は天国の逆バージョンですな。

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もちろん、無理やり迫ったりセクハラはダメなんだが、ダメと言ったところで男性の性欲が消えて聖人になってしまうわけがない、というのが大事なポイント。

 

この手の社会運動としての男性批判は男性の性欲という現実を見ていないので、男性は性欲を理性で100%コントロールしなければならないといった非現実的な要求に帰結してしまい、結果的に性犯罪は大して減らないという事態になりやすい。

 

まず男性は理性で100%性欲をコントロールできないといった事実からなんとか対策法をスタートできないもんかなあ。やっぱ性処理アンドロイドを作るのが正解っすかね。

まあ、両性がウィンウィンになるのは難しいね(どの動物、昆虫もオスとメスが自分の遺伝子をより伝えるために熾烈な性間争いをしているのが普通だし)。

 

んで、これとはまたちょっと違うがこれに近い差別問題、ポリコレ問題として美醜という問題についても最近のエロ小説は意外に先進的。もちろんエロ小説はエロ小説なのでモテないブ男の願望充足100%でしょうもなくはあるんだが。

 

真面目な議論として美醜について語りたい方はテッドチャンの名作短編の方を読んでおいてください。

こっちは「生まれつき優れた能力(美)を持つものは、その能力を捨てなければ社会的公平が達成できないのか?」といった実にポリコレ的テーマ。その背景には「生まれ持った能力や生まれついての貧富の差をすべて平らにしてこそ社会正義が達成される」、「その差を是正するために生まれついての社会的弱者には社会的加点、金銭的加点が必要だ」というヨーロッパリベラルの思想がある。

 

これは一見よさそうに見えるが、実は個人の成果の否定であったり、個性、能力の否定であったりするから恐ろしいことだ。だって同じ成果を出しても社会的弱者の方が選ばれるということだからね。生まれというどうしようもないことを基準に選ばれているという意味では、新たな差別を作っているにすぎないということだ。

「顔の美醜について(テッド・チャン著)」メモ:メタ坊のブロマガ - ブロマガ

 

こっちはルサンチマン全開の単なるエロ小説群なんだが、逆説的に美醜のくだらなさを露わにしている点が面白い。

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