消費者には価値がないのか?

『レディ・プレイヤーワン』 フィクションに費やした人生への赦しの物語 - barzamkun

一般的に創作者、生産者には価値があり、消費者には価値がないと思われているがそれってどうなんだろうね(マンガを描く人には価値があるが、それをただ読む人には価値がないといった風潮)。

消費者のいない創作者、生産者なんて自己満足にすぎないんだから、消費者あっての生産者の価値であり、そもそも生産者と消費者という二項対立が意味がないものではないか。そういう意味では生産者と消費者は一体で何かを生み出す切り離せない存在ではないだろうか。

 

分かりやすく言えばたとえばこう。

千利休は茶葉や茶器を作るわけではない。こういう茶を通じた付き合い、もてなし方がいいとか、こういう茶器が素晴らしいとか、言ってしまえば茶を消費するだけの存在である。しかし千利休が生み出した消費スタイルというものは道として誇るだけのものがあった。そこには生産者と消費者という下らない枠組みを打ち壊す、何か生産的で一体の関係性があった。

そういう価値の作り上げ方というもの、俺は嫌いじゃない。