ルバイヤートとうたかたに浮かぶ酩酊

パチンコについて語るときに僕の語ること - 琥珀色の戯言

楽しいことがない人間は、いわゆる依存症を起こす物事に引き寄せられやすい。一昔前のパチンコや酒はその代名詞だろうか。今ならソーシャルゲームのガチャか。

それらは小銭と引き換えに日常ではなかな得られないドキドキ、興奮、酩酊、つまり非日常をインスタントに与えてくれる。さらには周囲には自分と似たような楽しいことがなくて孤独な人々が疑似友達となってくれて、一緒に一喜一憂を共有してくれる。この人の場合は孤独なままがよかったようだが、このような環境が用意されると一定数の人々は依存してしまうものだ。

 

これについて依存症になるような物事にハマりこむとはけしからんとは言わない。そういうタイプの楽しいことがない人間は、どうせ他の何かに依存するだけであるし。むしろ楽しいことがない人間がいっときその現実を忘れることができるのなら、まだマシなのかもしれない。みんなが生産的に前向きに生きなきゃいけないような世の中は息苦しいだけだしね。

 

そういうときはルバイヤートの詩のように、うたかたに浮かぶ酩酊に身を任せるより他はない。

 

身の内に酒がなくては生きておれぬ

葡萄酒なくては身の重さにも堪えられぬ。

酒姫(サーキイ)がもう一杯と差し出す瞬間の

われは奴隷だ、それが忘れられぬ

世界の奇書をゆっくり解説 第8回 「サンゴルスキーのルバイヤート」 - ニコニコ動画

 

ちなみに酒姫(サーキイ)とはヒゲが生える前の美少年のこと。流転する世界で確かなことなど何一つ分からないのに浮世はどんどんこの身を重くする。酒と美少年に酩酊して何が悪いと。