精神科医はシャーマンに勝るか

医学部6年生です。おもに大学病院で病棟実習を1年ちょいはした。そんな精神..

精神科医はシャーマンに勝るか」って記事が昔どっかであったな。

 

精神医療の基本は「逸脱と適応」だというが、そのような「適応」を迫る医療や社会、家族といったコミュニティはそもそも何なのだろうか。そのような脅迫的な「適応」なくしては治癒したと言えないのだろうか?

 

病者はその環境において「生きるために必要なストーリー」を失ったため「逸脱」して、その本人だけに理解できる「生きるために必要なストーリー」に従って周りには逸脱としか見えない行動する。例えばそれはその社会の中で個人にとって欠かさざるべき価値を失ったときに起こる(子供を失った母親が子供の死を認めず認識もしないように)。

 

そうした人たちにとっては薬も必要だろうが、何よりも必要なのは「生きるために必要なストーリー」が提供されることである。それは何だったら嘘でもいいし、非論理的であってもいい。

必要なのはむしろシャーマンの宣託のように都合のいいストーリーである。例えば子供を失って錯乱する母親にシャ-マンはこう告げるかもしれない。子供はその姿を今一時的に隠しているが、子供の魂は不滅である。お前が次に産む子供はその子と新しい子の二つの魂を宿して生まれる。その証拠として右手と左手で違いがあるだろう(人間、右手と左手で手相が違うのは当たり前なので単なるトリックだが)。

 

というような「生きるために都合のいいストーリー」である。たとえ大いなる嘘であろうとも社会そのものもその嘘の価値を受け入れ信じているならそれで問題はない。おそらく宗教や墓などの祭祀行事もそうして生まれたものだろう。現代は科学を保ったまま、もっと都合のいい嘘を受け入れてもいいのではないか(科学全盛の今だって魂をみんなそれなりに信じているように)。

もちろんこれで治るという保障もないが、いわゆる未開社会で何度も再発するような重症の分裂病者がほぼ見られなかったのはやはり「生きるために都合のいいストーリー」を与えるのが上手かったからではないかと思われる。