生産性

子供は公共、国家を維持するための税金的存在であるのが難しいところよな。

 

たとえば収入が0円でも100万でも1億円でも、払う税金額に関わらず国家が提供する公共サービスは基本的に誰でも同じように利用できる。収入が0円の人でも、1億の人でも同じように警察や消防を呼べるように。しかしみんなが収入0円~極めて低収入では税金や各種保険料などがないのだから、それらに基づいた公共サービスも機能停止してしまう。

 

もちろん本人に責任のない理由(けが病気、障害、失業など)によって収入0円の人は国家が保護しなければならない。これは本人の責任ではなく、誰でもそうなる可能性のあることだからだ。

しかし稼げるのに自由意思で極めて低収入の人が増えていけば公共サービスも質を落としたり、機能停止してしまわざるを得なくなる。だって公共サービスに必要なお金がないのだから仕方ない。そしてみんな文句を言いつつも税金を払い、理由のない無職に批判的であるのは、一応こういう原理に納得しているからである。

 

子供を作るか作らないかといったことで議論が起こるのも、自由意思だけでは公共の維持が不可能だからであり、子供は将来的に税金を払い公共を維持していく税金的性格の存在(社会に供出しないと社会が維持されない存在)だとみなされているからだ。そこで子供を作れない人は仕方ないが、自由意思で子供を作らない人は問題があると考える人が出てくるのも、理由のない無職が批判されるのと同じ文脈であろう。

 

LGBTの場合はややこしいが、ある種の生得的形質と捉えて子供を作れない者とみなすのか、子供を作る物理的能力はあるが自由意思で作らない者とみなすのかでまた話は違ってくる。この辺りがごっちゃになっているから噛み合わない議論が多い。

 

LGBTの場合は作れないに分類されるだろうから生産性云々を求めるべきではないので、生産性を問うなら自由意思で極めて低収入の人とか、自由意思で子供を作らない人といった公共への寄与度が低い人々になるだろう。

まあ、ぶっちゃけ個人的意見としては自由意思で公共への寄与度が低いなら、公共から得られるリターンも最低限を維持した上である程度低くすべきではないかとは思っている。

結局、今の日本はアホみたいにじゃぶじゃぶ金を使って優秀な公共サービスを維持しているが、こんなもんいつまでも続くわけがない。デトロイトみたいになってからじゃ遅いんだぜ。

https://kotobank.jp/word/%E3%83%87%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88%E8%B2%A1%E6%94%BF%E7%A0%B4%E7%B6%BB-189561

まあ、考えようによってはデトロイトみたいに破綻を認めて過去のしがらみを無くした方がいいかもしんねえけどさ。日本の年金とか少子化とかどう見ても破綻状態だしな。

自治体の財政破綻-米デトロイトは復活遂げる | kasiko[カシコ]