ゴブリンスレイヤーは宗教書である

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ちょっと話題になっていたのでゴブリンスレイヤー1話を見てみたが、内容はおおむね上記の通り。暴力等についての批判性といったものは見られない。絶対悪を描き、絶対悪に対しては情け容赦なく振る舞うという、ただそれだけである。

 

そこで気づいたのが、『ゴブリンスレイヤーは宗教書である』ということだ。宗教は絶対悪を描き、絶対悪に対して容赦しない。宗教なのだから自らの暴力に対しての批判性などありはしない。敵も味方もやっていることは同じ暴力なのだが、向こうは絶対悪の暴力、こちらは絶対善の正義の鉄槌で終わりであって、自らの暴力性に対して葛藤など存在しない。

 

そして悪魔や悪徳といった絶対悪を正義の暴力で殲滅するという、よくある宗教のパターンは古来から大人気のエンタメでもあるのだ。ゴブリンスレイヤーもそういう系譜の葛藤のまったくない正義の暴力であり、宗教書のエンタメ性の再現であるのだ。

うんまあ、ゴブリンスレイヤーなんかよりはるかにひどい現実の宗教書の独善的な正義の暴力をどうにかしてくれよと思ってしまうのよな。