シモ・ヘイヘの大きく歪んだ顔

「ちょうどいいブス」は誰にとってちょうどいいのか - エモの名は。

こういう記事を見てシモ・ヘイヘの大きく歪んだ顔を思い出した。

 

シモ・ヘイヘの顔は誰が見ても大きく歪んでいる。しかしシモ・ヘイヘを醜いと笑う者は一人もいない。それはシモ・ヘイヘフィンランド救国の偉大な英雄であることを知っているからである。

顔の傷を恥じる軍人はいない。どんなに顔がグチャグチャに潰れても、軍人にとって顔の傷は勲章である。シモ・ヘイヘの大きく歪んだ顔は、彼が強大なソ連軍相手に一歩も引かずに戦った証である。だから、それは彼の生き様と誇りを表すものだ。

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我々は生まれついての美醜ばかり気にするが、シモ・ヘイヘの偉大な戦士の顔つきを見ると美醜などあまりにもバカバカしくなってしまう。生まれついての顔など自らの意思とも能力とも何の関係もない。生まれついての顔を恥ずかしがる者は知能と生き様に問題があると言わざるを得ない。

 

そんなものより大事なのは誇りのある生き様であるかどうかである。美醜は誇りの偉大さに敵わない。そして面白いことに誇りのある生き様であるかどうかは、きちんと顔に出るのだ。

誇りのある生き様をしようと思えば、卑怯者たちと数限りない戦いをせねばならず、無傷というわけにはいかないからだ。その傷が肉体的なものであるか、精神的なものであるか違いはあるにしても、戦った傷は確実にあなたの顔に残り、あなたの顔を偉大なものにしていく。

だからあなたはそういう戦った傷のある顔こそを誇りにすべきなのである。