はらからへの愛

http://samepa.hatenablog.com/entry/2019/06/30/125557

これは言語や文化の問題というより読み込みの問題なんだろうなあ。少なくともこれは同性愛や異性愛的なニュアンスではなく、もっと言えば友情や家族愛さえも超えている。

 

それは同朋愛、はらからへの愛だ。それは我々が千年前の日本人に感じるのと同じような想いであり、おそらく千年前の日本人が現代の日本人を見て感じるであろう想いだ。それは人類の直接の祖先であるホモ・サピエンス・イダルトゥが我々を見て抱く想いと同じだ。

そこにあるのは遺伝子とミームを残す者、受け継ぐ者の、遠い時間を隔ててなお保たれる奇妙な共感である。

 

各国語に同朋(はらから)という言葉がないはずはないと思われるが、どこの国でもまったく採用されなかったのは興味深い。

きっと人類は今後、何万年か経ち、もはや人類とは呼べないような異形の何かに進化したとしても、おそらくかつての猿の出来損ないのような始源の姿と生き様を好むだろう。そう、これはそういう「好きってことさ」なのだ。